若い頃、丸の内のOL時代、仕事帰りに、ほぼ毎日のように、有楽町、銀座通りの、ファッション店やフラワーショップを見て回っていました。
その習慣は場所が変わっても50年以上、数えきれないです。
(不便な事を便利にするアイデア)
昭和43年子育中、ベビーダンスに毎日、何回も服や下着の出し入れが大変で何か便利な物はと探しましたが当時、売っていません。
それならと設計して、大工さんに4段の棚付きを作って貰い、一目でわかり便利になりました。今ではどこにでも売っているカラーBoxですその当時、可愛い柄の生地か殆どなくて、子供部屋のカーテンや寝具、子供服を作る為に生地の画と子供服のデザインを思いつくまま描いていました。
特にネコや犬、うさぎのいろんな姿を画面いっぱいに描きその中で後ろ姿の耳としっぽのデザインは、我ながら可愛いくて胸ワクワクしたのを覚えています。そのデザインのコピーを持って、2人の子供を父に預け、神田の子供服メーカーを訪ねて提案しましたが受け取ったまま返事無しでした。
その後、たまたま通りがかったデパートのウインドーにネコいっぱいで後ろ姿の耳としっぽの絵がそっくりの品に絶句、、、思わず買って、孫娘にプレゼントしました。
以前から自分の持っている服飾品(上着、インナー、ボトムス、スカーフ、マフラー、アクセサリー、帽子、スパッツ、靴下等)をフルセット出来るハンガーがあったらいいなあと考えていました。
そこでどうしても実物が欲しくて自分で設計し、試作品を作成してくれる会社を探して、平成31年4月に思い描いていた一本のハンガーが誕生しました。私はこれを「マイコレハンガー」と名付け、今持っている服飾品を自分がコーディネーターとなって素敵なファッション、マイコレクション、マイコーディネートすることができるようになりました。
そこの会長さんのアドバイスで知的財産の保護として認可下りるのは難しいけどと特許申請を教えて頂きました。
商工会議所、弁理士さんを経て特許庁に意匠登録の出願し、やっと認可されたのは令和元年11月、長い道のりでした。
本番はこれからという矢先、コロナ禍で足踏み状態になりましたが逆風下でもチャンスあるかもとメーカーの社長さんに提案させて頂きましたが、リスクを重んじる判断て商品化見送りとの通知を受け一瞬力が抜けましたが想定内、そんなに甘くないと気を取り直した矢先に不思議な事があり、私のプロジェクトを審査して下さる事になり光が差し込んだ気がしました。
企画書の運命は天命を待つ事にしてまだまだ崖の途中ですが、諦めたら未来はないのですね。
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